英語を浴びるだけ日記

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この野蛮なる世界


以前ここに記事を書いたBBCPodcast 'Vishal' の新エピソードがリリースされるという告知があったので、楽しみにしていたのです。

planariastraw.hatenablog.com

約40年前、ダイアナ妃の結婚パレードの日に8歳の少年Vishalがロンドンから姿を消しました。このPodcastはこの未解決事件についてのドキュメンタリー番組です。ペドフィリアによる誘拐、虐待、死体遺棄が強く疑われており、これ以上ないぐらい嫌な事件ですが、BBCのジャーナリストを中心とするチームの3年間に渡るリサーチのプロセスが興味深く、ドキュメンタリーとしてよくできた番組だと思います。実際評価も高いようで、Podcastのアワードにノミネートされたようです。

Episode9迄のドキュメンタリーを通して、事件に関する様々な新事実が明らかになりました。状況的に事件への関連性が高いと思われる人物も見つかり、その人物もPodcastに登場します。この番組への反響を受け、2023年5月に警察が再々捜査を行う事を公式に発表したため、個人的にその後を気にしていました。

以下ネタバレを含みます。

www.bbc.co.uk

失望しかない

結論からいうと、Podcastを聞きながらちょっと涙ぐんでしまったぐらい警察の対応が残念です。警察による再々捜査の発表は関係者を喜ばせましたが、その後その発表が世間向けのポーズに過ぎない事が明らかになり、結果として被害者の家族と関係者を更に失望させ、傷つけることになってしまっています。被害少年のお父さんは高齢かつご病気のため、時間があまりなさそうな事が示唆されています。前のエントリーにも書きましたが、横田めぐみさんのご両親を思い出してしまい辛い。

まだ打てる手はあるのだろうか

ジャーナリストって本当に凄い事が出来るんだなと、その手腕と熱意に感銘を受けるんですが、その一方で警察にはここまでやる力がないという現実もあるのだろうと思います。40年前ですからね。40年分どころでは無い膨大な量の未解決事件が警察の棚に溜まっていて、そのひとつひとつにジャーナリストがかけるような手間=資金がかけられない事は理解できます。目の前で次々に新しい事件も起こっている事でしょう。警察がこの事件を再捜査しようとしないのは、「過去の未解決事件」というパンドラの箱を開けてしまう事を恐れているからなのかもしれません。

とはいえ、ここまで新事実が出て来て容疑者もほぼ分かっているにも関わらず*1塩対応しかしないのは、あまりにも被害者家族に対して残酷過ぎる。全部やれとは言わないから、解決できそうなやつから手を付けましょうよ、と思わずにいられません。

番組のチームは視聴者へも情報提供をずっと呼び掛けていて、実際今回のエピソードでもまた新たな証言が出てきています。彼らは諦めずに取材を続けていますが、結局のところ警察が動かない事にはどうにもなりません。警察に再捜査を呼びかけ、視聴者に訴えていくしかもう打つ手がなく、そのために取材を続けて新証言や新証拠を探し続ける、という非常に先の見えない状況に陥っていると思います。辛い、本当に辛い。

What a brutal world

Podcastの中ではVishal君の事件解決に協力するため、自らも子供の頃に虐待されていたという被害者が何人もインタビューに応じています。皆さん本当に様々な思いを抱えていて、話している中で声を詰まらせたり、インタビュー中に泣いてしまったりする方もいます。日本で現在進行中の芸能事務所の事件とも重なります*2

ちょうどイスラエルハマスの衝突が報道されたタイミングでこのPodcastを聞いてしまったのも相まって、個人的にここ数日は非常に憂鬱です。ウクライナもあんな調子でもう一年半以上。

大多数の平穏な暮らしを維持するため様々な暴力装置を使った枠組みを作り、文明人ヅラして過ごしていますが、結局のところ人類は本質的に中世の「ヒャッハー」の頃から何も変わっていないのですよね。今は多分人類史上最高に安全に暮らせているのだろうし、それはもう多くの人々の努力と英知の結果だという事は分かっているつもりです。しかし結局のところかつては武器で人を殺してたのに対して今はお金を使って人を殺しているだけで、お金が無くてまだ武器で闘ってる時代遅れの人殺しが野蛮だと非難されてるのが現代文明なのかもしれません。

春になると雪が解けてあらゆる所から一気に緑が芽吹くじゃないですか。それを思い出すのです。植物の勢いはアスファルトとか寒さとか影とか薬とか様々なもので一時的に押さえつけられているのです。でもその裏では常に生えるぞ、伸びるぞと待ち構えていて、雪が解けて日が差せば待ってましたとばかりに生い茂る。人間の攻撃性みたいなものも一緒なのかもなと。X (Formerly known as Twitter) 辺りで無邪気に毒を巻き散らしている正義の人々はそういう意味でまさに雑草のようなものです。

自分にはせいぜいニュースを気にかけて、ため息をつくことぐらいしかできませんが、Vishal事件については今後も情報を追っていきたいと思います。

 

*1:何が一番やるせないって、容疑者と思しき人物が2022年12月に亡くなった事です...。

*2:自分が被害者であることを認めて人に打ち明けるのには非常に大きな壁があると思います。被害者の救済や補償にはとても時間がかかるなと改めて思いました。