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未解決事件のドキュメンタリー - BBCのPodcast 'Vishal' -


BBCのドキュメンタリーPodcast ’Vishal’ を聞いています。内容はいわゆる True Crime もので、中身があまりにも陰惨で重いテーマなので楽しんでいるというのも違うし、夢中というのにも気が引けますが、ここのところ何度も繰り返し聞いているPodcastです*1。非常によく練られた、上質な番組だと思います。

 

www.bbc.co.uk

事件発生

1981年、チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚に沸くロンドン。家族と一緒に結婚パレードを見に行った8歳のインド人少年 'Vishal' は、帰宅途中に姿を消し、約7か月後に変わり果てた姿で発見されたー。

40年以上前の未解決事件です*2。犯人は捕まっていません。

(以下ネタバレも含むのでこれから聞く方は要注意)

内部告発とジャーナリズム

2020年、BBCのジャーナリストに元刑事がコンタクトして来た事からこの物語が始まります。古い未解決事件について新たな証拠がある、取材をして欲しい、と。

現役時代、腕利きだった元刑事はある「押収物」の存在に気が付き、Vishal事件の再捜査をするよう警察内で働きかけをしていましたが、それが叶う前に引退を迎えていました。その後も気になって現役の同僚に問い合わせると、再捜査の上申が却下されたとの事。こんな事があってはならないと、引退後にジャーナリストに取材を依頼したのです。

「警察は一般によく働くが、時に間違いを犯す。時間の問題ではない、これは信義の問題だ。我々にはVishal事件の真実を明らかにする責任がある。」と語る元刑事の言葉がドラマみたいにカッコいい*3

取材

番組をナビゲートするのはVishalの異母弟。一度も会ったことがない兄の事件をリスナーと共に追っていくことになります。前半のエピソードは少年が姿を消した経緯や家族の証言、当時の大規模な捜索の状況、Vishalが姿を消した時期にロンドンを中心に活動していた小児性愛者グループの事件*4、そしてその被害者達の証言が中心です。

多数の児童虐待によりこの犯罪グループのメンバーは実刑となり、既に刑期を終えていました。そしてこの事件の捜査中に押収されたファイルにつけられていたタイトルが「Vishal*5」だったのです。

同時期に近いエリアで起こった児童に対する犯罪にも関わらず、捜査チームはVishalファイルを作成した加害者とVishal事件を結びつけませんでした。このPodcastの中でジャーナリストは加害者本人にもインタビューをしています*6。他にもいくつかの事実や状況証拠があり、どうやらこのグループがVishal事件にも関わっていた可能性が高そうである事が示唆されます。ジャーナリストは取材を進めながら調査報道を続けました。

再捜査

そして取材開始から1年半後、ついにサセックス警察はVishalファイルの存在を認め、捜査に不備があった事を謝罪の上、再捜査を約束、そしてその結果を報告したいと言って、Vishalの家族を訪問します。その場にはジャーナリストも同席しており、実際の会合の音声がPodcast中で流れます。

ここも印象的なシーンでした。本当に、本当に、警察の対応が酷い*7。他人の私が涙目になるぐらい、酷い。

事件の背景

ここからPodcastの内容は違う視点に切り替わります。なぜ警察は再捜査をしたがらないのか?

2年に一度、全ての未解決事件をレビューするという規定をサセックス警察は守らず、Vishal事件の見直しを事実上していませんでした。そしてそれは、多分、Vishalが白人ではなかったから。

戦後、人手不足から大量に移民を受け入れたイギリス社会で、白人とは別のコミュニティで暮らすことを余儀なくされてきた移民第一世代のVishalの父親*8の経験が明らかにされます*9。事件発生当時もまず父親が警察から疑われ、周りからもかなりひどい事を言われていたようです*10。また、この犯罪グループから被害を受けていて生き延びた別のインド人被害者は、警察に駆け込んで自分の虐待の状況を訴えても全く相手にされなかったと証言しています。

なお、今回関わりが疑われている小児性愛者グループは特に南アジアの少年を好んでいたとの事*11。その嗜好自体が、人種差別と関係があったかもしれない事が番組内でほのめかされています。

人種を超えて

全く暗い気持ちになる話です。しかし一方で、事件発生当時、家族に寄り添い励まし続けた心ある警官もいて、内部告発のような形でVishalの取材を依頼した元警官も、事件を2020年から追い続けているジャーナリストも白人、そしてこのPodcastを聞いて憤り、SNSなどでサセックス警察を非難しているのも多数のごく普通のイギリスの人々です。実際、Vishalの異母弟である30代のナビゲーターは、父親が移民として経験して来た人種にまつわる話を初めて聞いて、ショックを受けているようです。イギリスの社会も変わって来ているのだと思える点もあり、そこには希望を感じます。

Podcastは本国イギリスでは現在Ep.9までリリースされて一旦終了しているようです。BBCは各エピソードの最後に、その時点での警察のVishal事件に対するステートメントを放送し、Vishal事件に関する情報提供を視聴者に呼び掛けています。

そしてこのPodcastによって世論が高まり、5月中旬、ついにサセックス警察が再々捜査を行うと発表したようです。今度こそまともな対応がなされることを願わずにいられません。

好むと好まざるとにかかわらず、日本でも今後外国人が増え、一緒に暮らしていく事になると思います。入管では既に幾つもの事件が発生しており、長らく問題点が指摘されてきた技能労働者についても、長い時間を経て、やっと事実上の移民労働者と認め、状況を改善しようとする兆しが見えて来たところのように感じます。

8歳の子どもが殺されたのに犯人が野放しにされていたり、病気の女性が放置されて亡くなることで、得をする人は誰もいません。この混沌に向き合い、フェアな世の中にするために声を上げる人々を尊敬します。

 

でも個人的には、正直、きつ過ぎてもう嫌だこの世界...とも思ってしまう。やりきれない...。

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*1:様々な登場人物が様々なアクセントで話す事もあって、英語の面でもとても興味深い内容です。しかし私には難易度が高く、ネットで関連記事を探したりしながら理解を深めているところです。

*2:チャールズ国王の戴冠にこのドキュメンタリーをぶつけてくるあたり、BBCの本気というか反骨精神のようなものを感じます。

*3:この元刑事が警察になって初めて現場に出た仕事が、チャールズ国王とダイアナ元妃の結婚パレードの警備だったのだそうです。色々出来過ぎ。

*4:恐ろしい事に中心人物のひとりは虐待を受けた児童や、学校になじめない児童のスクールカウンセラーを勤めていたケースワーカーだったそうです。

*5:インドでも珍しい名前だそうです。

*6:実際の音声が流れるのでゾッとします。

*7:酷いんですが、この場にジャーナリストが同席し、この場面の生音声の録音が存在し、それを公にする事が出来る点で、イギリスはすごいなと思いました。日本でこれが出来るかどうか、はなはだ心もとない。

*8:現在70代後半なので、既に引退されているのではないかと思いますが、現役時代は弁護士をされていたそうです

*9:映画「ボヘミアン・ラプソディ」でも60年代、空港で働くフレディ・マーキュリーが「パキ!パキ!」とバカにされるシーンが出てきたと記憶しています。

*10:同種の話は犯罪被害者の家族のエピソードとして見たことがあるので、これについては人種に限らず被害者家族に共通の問題のようにも思われます。

*11:刑期を終えたグループのうちのひとりは行方が分からなくなっており、アジアにいると見られているそうです。